適応障害で休職中の治りかけの日記を公開します

適応障害

適応障害で辛い時、少しづつ良くなっていった時期の日記。

とにかく眠気がすごくて、ひたすら眠る時期を経ます。医師がなんと言おうと、泥のように眠る期間があっても大丈夫です。そのうちに、少しやる気が出てきます。

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この感覚を、私は知っている。

ふと、そんなことを最近考えている。

この感覚とは「嵐が去ったことがわかり、なぜか喜ばしく思うはずが、無性に眠気に教われる」感覚である。

そんな感覚が今の私を取り巻いている。

この感覚はいつ以来だろう。そう、私はこの感覚を経験したことがある。

それは、私が16歳の頃だ。

当時の我が家は、複雑だった。私の家族だけが複雑だった訳でもないし、サザエさん一家のような平和な家庭など虚像だということはもうわかる。ただやはり、悩みの中の人間にとっては悩みの解決方法などわからない。

嵐は、しずまるのを待つしかないのだ。

12歳の時、両親の仲が最悪になり、そこから母は心の病を患った。一番ひどい時には1日中布団で過ごしていた。

13歳になっても、14歳になっても、それは変わらなかった。

15歳になり、母の生まれ故郷の地域に引っ越すことになった。
それは、父の仕事がうまく行き始めたことに起因していた。

どうやら、二人は嵐を乗り越えたようだった。

住む場所を変えると、運気も変わるらしい。

両親は南から太陽が差し込むマンションを購入した。

体調が良くなっていく母がいた。

それと同時に、私は無性に眠気に襲われていた。

「ああ、嵐が去ったんだ」

16歳の頃、授業中も昼休みも寝ていたことがあった。

その引っ越しを転機に、我が家は明るくなり、父の仕事もますます軌道に乗った。

私はかなり視力が低かった。父はそんな私に、レーシックと呼ばれる目の手術をしてくれた。

「こんなに世界って綺麗なのか」

私は心躍り、様々な世界を見たいと思った。大学時代には、バックバックを背負い旅に出かけた。

全ては、季節なのだ。

嵐が去ったなら、しばし嵐に耐えた体を労ってあげてほしい。そんなことを心は私の体に伝えていた。

この感覚を、私は知っている。だから、大丈夫。

全ては、季節なのだから。

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